平成28年11月



★28年11月1日(火)     勇造ライブ
一年ぶりの豊田勇造ライブであった。
今年はオイラもPAと前座で参加。

毎度の事ながらPAやりながら演奏もやるというのはドタバタで集中し辛い。
それでも今回も譜面無しで3曲やれたのは自分で褒めておこう。(^^;)
曲は
「てくてく」「君とお酒を飲んだ夜」「ビール」の3曲。
最初、ギターの音量設定を間違えて始めてしまい、一瞬慌てたが、素早く嫁がアシスト。
ボリュームを上げてくれて事無きを得た。助かった。
後は何とかこなす。(…こなしたつもり)
どんな出来だったのかは明日にでもビデオ見ながらゆっくり反省しよう。

勇造さんのライブは今年も圧巻。
パワフルである。
年を全く感じさせない。

通常、休憩を挟んで二部に分けるのだが、今年はぶっ通しで2時間演奏。
タフである。

今回はサックスで吉井町の吉村さんが参加。

予想以上に上手かったのでびっくりした。

今年は曜日が悪かったので客の入りを心配していたが、友達がたくさん来てくれて盛況であった。(^o^)

打ち上げで、飲みまくって喋りまくって御機嫌で帰還。(^o^)

★28年11月2日(水)     夢の址…
何とまぁ11時半に起床。(^o^)
よう寝たもんだ。

嫁はちゃんと早起きして、家の中の冬の模様替えに取りかかっていた。
偉いなぁ。
毎年の事だが、だいたい豊田勇造ライブが家の衣替えの始まりになる。

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昼ご飯を食べ終わったら、タドンさんが遊びに来た。
五島に帰るジェットフォイルの時間までしばし雑談。
昨日のライブの事、打ち上げの事、家族の事、仕事の事…
限られた時間の中で、あれこれと駆け足で話をしたが、また今度ゆっくり語り合いたいな。

さて、夕方まで、昨晩使った機材の清掃と片付け。

オイラの一番嫌いな作業であるが、何とか夕飯までには終えることが出来た。(^^;)
偉いぞいちろう。やれば出来る子なんです。(^o^)

★28年11月3日(木)     ほお…
一昨日の勇造ライブ前座の演奏をじっくりと聞いてみた。
そんなに悪くない。
と、いうか、かなり良い。
そりゃ、自分の理想の形までは程遠いが、今のオイラの技量のベストスコアは叩き出せていたと思う。
譜面無しであれだけこなせればOKだろう。普通。

一曲目のボリューム調整を嫁に救われた以外は原点ポイントは無かったと思う。
そのうち、公開しようかな。

★28年11月4日(金)     ♪「ワインレッドの心」…
眼科の定期受診から帰ってから目の痒みが再発。
いつも受診の時には良い状態で、その後に状態が悪化する。
山谷を繰り返しているのだが、たまたまそういうタイミングなのだろうなあ…。

そんな中、「ワインレッドの心」を MUSIC TRACK に公開した。
今週は勇造ライブもあったのに偉いなあ俺。(^o^)

★28年11月5日(土)     冬は…
寒くなって来たので、おでんで一杯という事になった。(^o^)

T村さん、M原さん、そして途中からタクシードライバーが乱入。
思っていたよりも気温が温かく、おでんが余るかと心配していたが、全部無くなった。(^o^)

★28年11月6日(日)     早くも…
いやあ…。なんかすごい脱力感。(>_<)

昨日オイラかなりテンション高かったもんなあ…。
ご近所の人には、やかましかったかもしれない。
まあ雨戸閉めてたから大丈夫かな。
大丈夫なことを祈ろう。(^^;)

身内同然みたいなメンバーだったという事もあるけれど、
ここんとこ、なんやかやと、ずっと緊張感が続いていたのだが、勇造ライブが終わったことで、一息付いたというか緊張の糸が切れたというか…。
今年は、後はラジオが何度かあるけれど、大きなイベントは今のところ入っていない。
昨日がオイラの今年の打ち上げ会みたいな感じで、すべてポーンと出し切って、今は抜け殻状態。
嫁も同じような感じらしい。

気が抜けると人間不思議なもので、早速くしゃみが出始めたり、口内炎が出来たり…
気持ちの生き物なのだあ…

しばらく、のんびりしよう。

でも、結露と戦わないといけないんだった。(>_<)

★28年11月7日(月)     ようやく…
我が家の古い写真のスキャンが終わった。
 昭和20年代?
夕食後に食器を洗う嫁の横でぼちぼちと作業をしていたのだが、思ったよりも日にちが掛かったなあ。
1650枚だった。
古い写真を見ながら、懐かしんだり、すっかり忘れていた出来事を思い出したり…。
感慨深かった。
こういう時でないと写真なんて見ないもんね。

残念ながら、おふくろと親父のツーショットの場所を探す手がかりになるような写真は出てこなかった。

★28年11月8日(火)     写真…
昔から二輪車が好きだったなあ…。

 近所の弟分と…
仲良かった。
オイラより先に逝っちゃったなあ。

 若い頃は長髪だった。(^o^)
長髪にヘルメットは髪に良くない。(^o^)

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ところで、親父とおふくろのツーショット写真に、トールさんから有力情報が入った。
金毘羅神社が雰囲気似ている。
週末にでも出かけてみよう。(^o^)

★28年11月9日(水)     写真 2…

大都会の新大阪駅でポーズをつける長崎の田舎者兄妹。(^o^)



憧れの「夢の超特急」であった。
貧乏なので、実際には乗っていないはず。(^o^)

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いやあ…
トランプさん勝っちゃったよ。びっくり。(^o^)
それにしてもヒラリーさん、むちくちゃ嫌われていたのねえ…。知らなかった。

どーでも良いけど、株がドン下がり。(T_T)

★28年11月10日(木)     わからん…
株は、昨日はどうにも踏ん切りがつかなくて、売るのに二の足を踏んでしまったが、これから数日はドン下がりだと踏んだので、今日から売りに転じようと思っていたら…。
朝から爆上げ。
何ですか〜?
もう、全くわからない。結局、二日間のトータルでは上がっちゃってるのね。
オイラに株の才能が無いという事だけがハッキリ分かった。
下手に、売るタイミングが無かったので結果オーライであった。やばかった。(^^;)

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昔、走るのが趣味だったころの写真。
 元気だ。
髪、いっぱいあったなあ…。(^^;)

★28年11月11日(金)     ♪「星屑の町」…
西友に買い物に行ったら…
長崎駅のみどりの窓口からアミュプラザを越してさらに凄い行列。

なんだろうと、聞いてみたら、今日は1111でポッキーの日で、JRとタイアップで何やら記念商品が配られるらしい。
みんな頑張るなあ。(^o^)

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星屑の町」を MUSIC TRACK に公開した。
三橋美智也さん。
懐メロである。落ち着くなあ…。そんな年である。

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夜は、萩Mさんと水Sさんに来てもらって飲み会。
どちらもオイラよりも若いが、オイラの元上司。
迷惑かけまくった昔の悪行を詫びることが出来て少しだけ気持ちが軽くなった。(^^;)

一緒に仕事をしていたころの懐かしい話で盛り上がる。
特に、古い慰安旅行の写真を眺めて、みんなの変わりようにバカ受けであった。(^o^)

★28年11月12日(土)     金毘羅神社…
金毘羅神社に登って来た。
 葬儀坂や立山公園を遥か下に見下ろす。(^o^)
何年ぶりかなあ…道もすっかり忘れてた。

さて、トールさんからの有力情報であったが、残念ながらこの場所ではなかった。
 
確かに道の雰囲気とか似ているのだが、違っていた。

お参りした後、念のため左側の神主さんの家をピンポンして、昔の状況の説明を受けたのだが、やっぱりこの場所ではなかった。
おばあちゃんと、お孫さんが親切丁寧に対応してくれたので恐縮するやら嬉しいやら。
もう一度お参りしてから帰った。

なかなか、難しい。


しかし、こうやって一つずつ候補を消して行けばいずれは正解にたどり着けるはず。
今日もひとつ前進なのであった。
前向き〜(^o^)
 どこなんだよ、ここは。(^o^)

★28年11月13日(日)     自分から…
高齢者の交通事故のニュースが絶えない。
以前から何度も書いているが、年を取ったら自動車の運転は控えるべきだ。

70才や80才になって、時速60キロなんてスピードでの瞬間判断なんかが出来る人間なんてほとんどいない。
普通に考えて無理だろう。
自動車があまりにも身近で、あまりにも快適になりすぎてしまったので、みんな忘れているのだ。
本来、とてつもなく危険な運転業務なのである。

これも何度も書くが、拳銃を持って包丁を振り回しながら走る事よりも、自動車を運転するという事は殺傷能力が高い危険な行為なのである。

自動車が無ければ生活が出来ないという人もいるだろう。それであれば必要最低限な区間とケースにのみ限定して運転を認めればいい。
これだけでもかなり改善される。
そもそも40年前までは殆どの人は自動車なんて持っていなかったのだ。
少なくとも、健康体であって、公共交通機関が走っている場所に住んでいれば自動車なんて無くても平気である。
あまりに贅沢でわがままな選択の結果である。

法で規制とか言っても個人差があって難しいだろう。
しかし、本来簡単なことである。自ら免許証を返納すればいいだけの話なのだ。

自分や、自分の愛する家族が、満足に運転できない人間に轢かれたら、それを許せるのかどうか。
考えるのは、それだけの事である。

★28年11月14日(月)     またdocomo…
Androidのスマホに変えてから1年。
格安SIMなのでメールはGmailを使っていたが、不具合が我慢できなくなって来た。
Yahoo!メールがIMAPアクセスが出来ると知ったので(遅い?(^^;)こちらに移行しようと思い立った。
メールアプリは「K-9mail」
サクサク動いて気持ちがいい。
早速みんなにメールアドレス変更のメールを送ったのだが…
何人か返事が来ない。
その全員がdocomoである。
まただ。(>_<)
去年もGmailの時にメールが送れなかったのだが、Yahoo!メールもかい。
どうなってんだ、この閉鎖性は…。
世界はどんどん移り変わっているのに、未だ完ぺきな鎖国状態である。
シロートさんから高い通信料を騙し取っていながらこのざまかい。
というか、鎖国を辞めたら悪行が露呈しちゃうので辞められないのか?

いずれにしろ、また別の方法を考えるしかないか…。

★28年11月15日(火)     ナックルボーラー…
嫁と銀行に行ったら、外人さんの夫婦が行員となにか話をしていた。
どうやら道を尋ねていたみたいだ。
なるほど、知らない国で、安心して道を聴ける店舗としたら銀行というのは賢い選択だなあ。
交番よりも英語が通じる可能性が高いしね。
行員さんの英語の説明の仕方がとても参考になった。(^o^)

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何気に、Yahoo!のニュース見出しを見ていたら「元ロッテ左腕 魔球に夢託す」という記事が目を引いた。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161115-00010004-sportiva-base
こういう話は興味があるので読んで行ったら…
あれ?
この取材の仕方って…
この文章って…
最後に記者の名前を見たら、やっぱり谷上史朗であった。
いとこのスポーツライターであるのだが、「こういう本を出したよ」という形じゃなくて、今回のように、書かれた文章が先という先入観無しの形で記事に触れたのは初めてだった。
いやあ、なるほど、谷上史郎らしい記事ではないか。
良い仕事してるなあ。
御見それしました。

植松優友選手、復帰できるといいなあ。

★28年11月16日(水)     本命はー…
父母の写真の場所はどこなのか?

この写真を見た時の第一観は「諏訪神社」であった。
おそらくオイラと同年配の長崎者(ジゲモン)は殆どがそう思うのではなかろうか…。
何故?と理由を聞かれても困るのだが、坂段を見ると「ああ、立山の辺りだな」とか「これは大浦辺りの坂ではないか」とぼんやり分かるように、なんとなくなのである。理由は無い。(^o^)
現在の月見茶屋から本殿に向かう所の駐車場をイメージした。

更に、左脇に写っているのぼりを左右逆転してアップしてみると…
  オイラには園稲荷大神と読めるのだが…
お諏訪さんには玉園稲荷がある。
昔はどんな状況だったのか…
ハッキリしているのは、オイラの知る限り、現在のお諏訪さんはこの写真の様な場所は無いという事。
車社会への対応か、かなり大規模な改修を何度かしているのだ。
さあて、これを確認するためには、当時の状況を知っている人か、神社庁の人か、昔の長崎にめちゃくちゃ詳しい人かに尋ねるしかない。
或いは、工事写真が資料として残っているか…。それも神社庁か…。図書館かな?
長崎の古い写真はネット上でいくつか見ることが出来るのだが、お諏訪さんの写真は、長坂や、その上の本殿の写真ばかりなのだ。
当たり前だよね。
今のデジカメと違って、当時は写真を撮るという事はかなりお金のかかる作業だったのだから。
そんな状況でわざわざツーショット写真を撮ったという事は何かそれなりの理由があったのであろう。
おふくろはこの写真だけを特別に保存していた。
そして遺品を整理して気づいたのだが、父母には結婚式の写真が一枚も無い。
もしかしたら、結婚式は挙げていないのかもしれない。
その代わりに、諏訪神社で何かしたのかもしれないと思うのである。
その時の写真なのでは…。
違うかなあ…。

いずれにせよ、諏訪神社説の立証には誰か、他の人からの聞き込みが必要になる。ハードルが高い。

そこで今日はもう一つの「園稲荷」
梅園天満宮の稲荷神社に行ってみた。

しかし、残念ながら違っていた。(>_<)
管理舎の人にも尋ねたが、ここではなかった。

ついでに、敷地内に稲荷神社を持つ、大徳寺にも行ってみた。

おふくろが独身の頃、一時、十人町に住んでいたようなことを聞いたことがあるので、
二人でデートして梅が枝餅を食べた可能性も考えたのである。

しかし、ここも違っていた。
両神社とも、変な二人連れのいきなりの問い合わせに丁寧に対応してくれたのはとてもありがたかった。
長崎の人っていいなあ。

しかし、諏訪神社はハードル高そうだもんなあ…。
オイラの思い込みだけ?(^^;)

他にも「護国神社」とか「祇園さん」の可能性も浮かんだが、ちょっと趣が違い過ぎる。

やっぱり諏訪神社にアタックするしかないか…
どうしたらいいかなあ…。

★28年11月17日(木)     みんなのラジオ
今月も長崎市民エフエムの穐山辰夫さんの「みんなのラジオ」で歌って来た。
 嫁もけっこう頑張った。(^o^)
実は今日の放送は流動的であった。
穐山さんが、午前中に人間ドックの受診だったのだ。
放送に間に合わ無かったらいけないので、番組は一応休むことにして、間に合いそうであればオイラが参加して放送するという段取りであった。
こういう使い方が出来るというところがオイラの長所なのである。

10時少し前に穐山さんからゴーサインの電話を受けてスタジオへ。
今回は、コンデンサマイクを持参してみた。
今まで、スタジオではダイナミックマイクで音を拾っていたのだが、ギターとボーカルだと集音角度がどうしても苦しい。
別々に2本使うと自由度が制限されるのだ。

持参したマイクはベリンガーのC−1.
昔買っていた3千円くらいの安物のコンデンサマイクであるが、かなり使い勝手が良かった。
これなら1本で、トークと弾き語りがやれる。

マイクに気を使わなくてよくなったおかげか、今日の出来は良かった。
演奏もよかったし、トークというか、番組自体も良い出来だったと思う。
今日は前述の理由で、アシスタントの百田さんがいなかったので「みんなのラジオ」だけの予定であったが、
調子に乗って結局いつもどおり「みんなの大学」も突入してしまった。(^o^)

演目は
「みんなのラジオ」です。
  「落陽」「長崎は今日も雨だった」「洒落男」「イエスタデイ」「銀座カンカン娘」「無縁坂」「悲しい酒」

「みんなの大学」
  「神田川」「男と女」「コンドルは飛んで行く」

毎度の事ながら演目については、何を歌うことになるのか全く分からない。(^^;)
その場のノリで「じゃ、次、○○やって」と言われて数秒で歌い出さないといけないのである。
歌詞譜を探して引っ張り出すだけでも結構掛かる。曲への集中や切り替えの準備無しの一発勝負。
鍛えられる。(^o^)

先日、リリィさんが亡くなったばかりなので「私は泣いています」とか、
スーパームーンが話題になったので、ひるねこさんの「月」とかを用意していたのだが、全くそのチャンスは無かった。(^o^)
今日の唯一のオリジナルが「男と女」であったが、これはマジで10年くらい家の練習でも歌ったことが無かった曲である。
いやあ、ようやってるよオイラ。(^o^)

★28年11月18日(金)     ♪「地上の星
トールさんから連絡をもらった。
なんと、父母の写真の場所について、市内の心当たりのある場所を全部回ってくれていたのだ。
詳しいレポートも書いてくれていた。
残念ながら未だ正解の場所にはたどり着けないが、この情報のおかげで、回り道をしないで済んだ。
これは助かる。
残る選択肢はかなり絞られてきた。

やっぱり諏訪神社を攻略しないといけないな…。

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地上の星」を MUSIC TRACK に公開した。
この曲は、以前、弾き語りで公開しているけれど、今回はMOTOさんの本格オケで歌わせてもらった。

MOTOさんのオケでは結構歌わせてもらっているけれど、このオケは特に秀逸。
まるで生バンドのようにボーカルに勝負を迫って来る。
特に後半の間奏には煽られまくった。
いつの日かこんな強力なバンドをバックに歌ってみたいなあと思うのである。無理か…。(>_<)


★28年11月19日(土)     ♪土産にもらった〜
トールさんが諏訪神社まで確認のために行ってくれた。
嬉しいなあ。(^o^)

状況証拠からすると、月見茶屋横の参道説がかなり有力。
ただし、60年以上経っており、現場は今は駐車場。
どうやって確認したらいいのか…
とりあえず明日行ってみようっと。(^o^)

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先日、萩Mさんから土産にもらった日本酒で嫁と一杯。

へっへっへ…。(^o^)「長崎美人」である。
高いのである。
オイラがこの酒が好きだと言っていたのを覚えてくれていて、わざわざ買ってきたくれたのだ。
ありがたいことである。

久しぶりに飲んだ。
美味いかって?
そりゃ当然。(^o^)
口と喉と食堂をするりと通り抜けて胃袋がぽわっと温かくなる。
この感じ思い出した。

度数が高いので、ワインのペースで飲むと大事してしまう。

以前、作陶が趣味の先輩から頂いていた盃を引っ張り出して、味わいながらチビチビ飲んだ。
酔ってからは安い酒に切り替えて半分残した。
だって、もったいないじゃん。(^o^)

★28年11月20日(日)     いざ出陣
さあ、満を持して嫁と諏訪神社まで行ってきた。

フルコースで参拝を終えた後、いよいよ候補の場所へ。

それは月見茶屋から諏訪神社本殿へと向かう駐車場。貴賓館の前である。
  

こんな感じではなかったろうか…?
  
父母の写真では石垣の上が石造りの作となっているが、貴賓館前を駐車場にするに辺り、目隠しも兼ねて、白壁にしたのではないかと推理したのだ。
ここだと思うのだが、確証が無い。
そして現場に来て、写真と対比して初めてわかったのだが、何か奥行きが狭いような気がする。
駐車場に工事をしたのだから、既存の工作物を削って広くすることはあっても、狭くすることは無いと思うのだ…。

何しろ確証が欲しい。

そこで諏訪神社の社務所を訪ねた。
先週は七五三で忙しいだろうからと、今週にずらしたのだが、なんのになの、今日もまだ七五三の参拝客で大賑わいであった。
そんな中で、巫女さん、そして宮司さんが丁寧に応対してくれた。

まず、現在の諏訪神社には最年長者が55歳で、地元の人は殆んどいないということだった。
そして、古い写真はネットで公開されているものだけで、その殆んどが長坂や本殿を正面から写したもばかりなので、参考になるようなものは無いらしい。
更に、現駐車場の白壁の工事については、古い職員からの聞き伝えによれば、新しく補修修築はしたものの、元の形をあまり変えていないという話であった。

昔から白壁であれば、今回の推理は成り立たないということになる。

さてどうしたものか…。

物証が無ければ、記憶による証言を探すしかない。

「どなたか、氏子さんや役員さんで当時の諏訪神社に詳しい方はいらっしゃいませんか?」と尋ねたら、歴史文化博物館の越中さんを紹介された。
なるほど…。越中さん以上に長崎の事を詳しく知っている人はいないだろう。
よしっ、という事で、歴史文化博物館を訪ねた。

ノンアポだったので、安次郎さんの名前を使わして貰った。ありがたいなあ。(^o^)

越中さんの話によればこの場所は本殿の西側では無くて、東側。
玉園稲荷神社の下、現在の諏訪荘の前だろうという話であった。
当時は神輿蔵がそこにあったので、奥に見えている建物がそれであろうという話であった。

そうなのか…。何度も、そして今日も通って来たのだが…。

ともかく、すぐに現場に戻って確認してみた。
しかし、この場所は特に造成の跡が激しい。

写真の面影は全く無いし、奥の崖が写真よりも遥かに高い。
残念ながら、この場所ではないだろう。
そう考えて帰宅した。

しかし、家に戻って、諏訪神社の古写真を見ながら、昔のこの辺りの形状を推理していくと、越中さんの説が成り立つ形が思い浮かんだ。
もしかして…
それには、ちょっと文献を調べる必要がある。
来週からそのお勉強かな?(^o^)

とにかく今日は上ったり下ったり、疲れまくった。(>_<)
それにしても巫女さん、宮司さん、越中さん、忙しい中、嫌な顔一つせず丁寧に応対していただいて感謝に堪えません。m(_ _)m

★28年11月21日(月)     死ぬこと…
脚本家の橋田寿賀子さんが尊厳死の制度化を望んでいるという記事に触れた。
オイラ、今まで、橋田寿賀子さんについては好意的な印象を持っていなかったのだが、この件については同意である。

人は、生きる権利と同時に、死ぬ権利も持っていると思う。

おふくろと暮らし、扶養し、介護し、そして看取り…痛切に感じた。
人間も生き物として死ぬタイミングがある。
振り返れば、それはたぶんおふくろが70歳半ばの頃だったと思う。
孫が巣立ち、終の棲家に引っ越して、しばらくしたころだ。
何故か急激に食欲を失い体重を減らし死にかけた。
内科的に、どこも悪いところは無かった。
「もう、生きていなくてもいい」と口走るので、オイラは逆上した。
「生きたくても、死んでしまう人もいるのにふざけたことを言うな」
栄養剤を駆使し、叱りつけ、なだめすかして物を食べさせて、なんとか復活させることが出来た。
おそらく、今の医学でなければ、そして一人暮らしであれば、あの時死んでいたのだろう。
それから、10年ちょっとおふくろは生きた。
しかし、おふくろとしてはそれはどうだったのだろうか?
最後は認知症になり、右足壊死の激痛の中で息を引き取った。
あの時、気力を失い、食欲を失い、ろうそくが消えるように自然に死んで行った方が良かったのではないか?
生き物として、死ぬべきベストのタイミングを察知していたのではないか?
確かに、その間にも楽しいことは有ったし、思い出も増えた。
しかし、苦しみや、やるせなさも同時に積もって行っただろう。

今でも思うのだ。
あの時、あのまま逝かせてやるべきではなかったかと…。

親の介護を美しく歌った曲を歌っている人がいる。
しかし、少なくともオイラはそんな曲、嘘っぱちだと思ってしまうのだ。
オイラが卑しい人間だからだろうか。

★28年11月22日(火)     冬…
結露の季節が始まった。(>_<)

これからどんどん気温が下がっていくのか…。
あちこち痛いところが出てくるのだなあ…
体調も崩すし…
冬って良いことひとつも無いじゃん。(>_<)

早く温かくならないかなあ…って本格冬の前に何言ってんだろオイラ。(^^;)

★28年11月23日(水)     年月って怖い…
昨日、結露の話を書いたら、明日というか、今日の夜からいきなり冷え込むらしい。
極端なんだよねえ。体がついていかないぞ。(>_<)

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そんな折、asadaさんからメールで昔の写真のリクエストがあったので、笑えるやつを一枚。(^o^)

 誰?
誰あろう、いちろう君である。(^o^)
なんか、ちゃんと仕事してる奴みたいに見えるぞ。(^o^)

この頃はまだ20代前半。
長崎から諫早まで冬も夏もバイク通勤していた。
考えられないなあ。(^^;)

★28年11月24日(木)     髪…
この頃が一番長かったのかなあ…
今に取っておけばよかった。(^o^)

それにしてもどんなシチュエーション?
会社の慰安旅行だろうが、全く思い出せない。(^^;)


★28年11月25日(金)     ♪今日までそして明日から
今日までそして明日から」を MUSIC TRACK に公開した。
オイラの原点のような曲である。

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午後、嫁と浜平辺りを散策。
帰り道、毎年春に〇亀氏と花見をする墓地を上から通りかかった。

春には桜で華やかな場所だけど、今はちょっと寂しい。
けど考えたら4か月後にはここでまた花見をしているのだなあ…きっと。(^o^)

★28年11月26日(土)     中間報告…
父母の写真。
現時点では拝殿の東側説が有力である。
今後しばらくは、その確証探しをして行くことになるのだろう。

図書館で書物を調べて、昭和60年頃の諏訪神社の図面を見つけた。
諏訪荘が移転する前のもので、父母の写真の時期からは30年以上経っているが、それでも今の形より遙かに写真の形に近いはず。


赤丸のところが、有力候補地である。
この後、この付近はかなり造成がされており、現在は1メートルほど嵩上げされている。
これを証明して行かなくてはならない。難問である。

以下、
拝殿東側説の有力理由をいくつか挙げておく。

まず「〇園稲荷大神」の幟。
これは、玉園稲荷という可能性が高い。
そして、玉園稲荷に寄進したのであれば、その参道に立てかけるものだと思われる。当初、拝殿の西側(月見茶屋側)ではないかと考えていたが、それだと諏訪神社を超えてしまうし、距離も遠すぎるので不自然だ。
当初の拝殿西側説を考えていた時の拠りどころとなった石垣と石の柵は、拝殿の東側にもあったと考えても不自然さは無い。
ただし残念ながら、拝殿の東側の写真はまだ見あたらない。

次に参道と思われる石畳の道。
これは左側がかなり痛んでいるが、本来かなり幅が広い。
今回の探索で分かったのだが、参道の石畳の幅というのはその神社の規模に比例するみたいだ。
長崎市内で、ハイヒールを履いた母が行ける神社でこの幅の石畳を持っていた所。
ちなみに、現在の玉園稲荷のメイン参道の石畳よりも広いと思われる。
するといくつかの候補の中で、諏訪神社の東方面から入る参道の石畳がこのくらいだったので゛はないかという推理が生まれる。
もちろん西側からの参道石畳は当初候補に挙がっていたくらいだから、同規模である。
写真に写っていない左側に玉園稲荷神社に上がって行く石段があって、この石畳は西山方面から諏訪神社へ向かうものであったという仮説は今のところ成り立つ。

そしてこれは、拝殿東側説が浮かび上がる前に「ああ、こんな感じの石畳だよなあ」と何気なく参考のために拝殿の東端から撮った写真であるのだが、

諏訪荘の下、諏訪幼稚園、西山地区へ向かう石畳である。
もし拝殿東側説が確かであれば、この石畳のこちら側への続きが写真の石畳という事になる。

更にこれも偶然撮った拝殿脇の恵比須様と大黒様の木像。

もし、拝殿東側説が正しければ、写真のおふくろの頭の位置は、この右側辺りだったということになる。

まあ、諏訪荘移転前の石垣の写真があれば一発で解決するのだけどね。

★28年11月27日(日)     ポンコツ…
右腕を上げると痛い。(>_<)
先週、結露のために窓を拭いたらこのざまである。
ボロボロだなあ…。

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午後から雨が上がったので、嫁と浜町の百均で豪遊。
百均だけがオイラの心を癒してくれる。(T_T)

★28年11月28日(月)     ギター…
ネットの知り合いから、ギター伴奏を頼まれていた。
この、ギターが下手なことでは定評のあるオイラにだ。(^o^)
曲は「勇気あるもの」
勇気あるなあ…。(^o^)

週一曲の自分の歌のアップや結露対策に追われて、かなり遅くなってしまったがようやく出来上がった。
殆ど知らない曲だったが、往年の吉永小百合さんの名曲であった。

かなり良い曲であったし、せっかくギター練習したので、施設ライブでのレパートリーに入れようっと。(^o^)

★28年11月29日(火)     泣き所…
先日、香典を包んだ知人の家から忌明けの品が届いた。
もう49日経ったのか…早いものである等と故人を思い出しながら開封してみたら煎餅だった。

食べてみてびっくり。
美味しい事はもちろんだが、歯ごたえが固くないのである。
湿気ているのではない。
ガリガリではなくてパラパラというか、歯を合わせただけで崩れるのである。
力を入れなくても噛める。
入れ歯の人や、歯が悪い人には嬉しい食感だよなあ…。

お年寄り向けに開発されたわけか…。
というか、これって団塊の世代向け煎餅?
元気いっぱいの団塊の世代の唯一の泣き所は歯である。
日本人の歯磨き習慣が出来上がったのは、彼らが成人した後なのだ。
歯科のサービスも彼らが子供の頃はお粗末なものであった。というか、殆どの人が歯医者に行っていない。

それにしても恐るべき団塊の世代パワーである。
煎餅の歯応え感まで変えてしまうのか…(>_<)

まあ、美味しいし、オイラも嫁も歯はあんまり丈夫じゃないからありがたかったけどね。(^o^)

オイラ、「団塊の世代の尻ぬぐい世代」だと思っていたのだが、もしかしたら若い人たちから見たら同じ仲間?(^^;)

★28年11月30日(水)     父母の写真…
トールさんが古い絵葉書を調べてくれた。
なるほど、その手があったか。
気が付かなかった。
古写真ばかり探していたぜ。(>_<)
流石だ。
2枚とも拝殿東側説にかなりの追い風となる資料であった。

一つ目は、拝殿東側にポールが立っているのが見える。
これは父母の写真の右端に写っている柱ではなかろうか?
柱には紐をくくる釘の様なものが出ているので、もしかしたら国旗を揚げるためのポールだったのかもしれない。

もうひとつは、現在の諏訪荘方向(西山方向)から拝殿を写した貴重な写真。

時代は父母の写真の頃よりもかなり古いが、昔の地盤の高さ(低さ)と、当時から玉園稲荷神社へ登る石段があったことが良くわかる。
撮影方向としては父母の写真方向とは逆。
手前に、西山方向からの参道らしきものも写っている。
もし、これが参道であれば幅はほとんど同じ。

言葉では伝えにくいので拝殿東側説を想定した絵を描いてみた。

成り立つよなあ…。絵は下手だけど。(^^;)
この二枚の写真はかなり有力な資料であった。(^o^)

しかし、何といってもまだ想像の範囲内。
確定的な証拠が欲しい。
この右側の写真が有れば一発なのだが…。そんなとこ誰も写さないよねえ…。


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