坂本町、茂里町地区
H.21.02.07 探索

病院のシーンのロケ地探索をしてきました。
まさかこの二つが…。(^_^;)


今日の目的地は坂本町。
このお洒落な坂道を登ったところにある。




病院玄関

本編 32分16秒
地図

けっこう大きな建物なので、長崎人ならすぐ分かりそうだと考えられるかもしれないが、
実際にこの映像から、これがどこか分かる人は少ないと思う。
意外に難易度は高いかもしれない。

ここは長崎大学の歯学部である。
上の写真の坂を登ったところにあるので、下の道路からは見えない。
ここに用のある人以外はこの景色を見ることは無いのである。
私自身、この建物の中になら、隣接する長崎大学医学部から入って行ったことはあるのだが、
直接玄関から訪ねたのは初めてであった。

要するに、最初はここがどこか分からなかったのである(^o^)
ネットで、市内の病院やら役場の外観写真を検索して探し当てたのであった。


病院内部

本編 32分56秒 本編 33分33秒
 
地図

実は、この病院内部のロケ地は上の長大歯学部ではない。
なんとまあ、中と外が全く違う場所なのである。
参りますよ(>_<)
病院内部は長崎原爆病院である。
我ながら、よう探したよなあ。(^o^)
こちらは1月31日に探索。

その後…
左の写真のアングルが悪かったので3月2日撮影の写真と差し替えました。
これでバッチリ(^o^)



この、長大歯学部の近くには、片足鳥居がある。
 

原爆により、半分を吹き飛ばされながらも奇跡的に立ち続けている鳥居である。
  
登り切ったところには吹き飛ばされた左半分が横たわっている。

この左奥には山王神社。

被爆クスノキが迎えてくれる。
今から64年前、この地に原子爆弾が投下されたのだ。
生命達は、タフで健気である。


境内は梅が満開。

本殿へ上る石段。 


オイラの親父は37歳で急死してしまったので、原爆手帳こそ申請しなかったが紛れもなく被爆者であり、オイラは被爆二世だ。
嫁もそうだ。
遺伝子レベルで放射能がどういう影響を与えているのか、それは誰にも分からない。
長崎に住む人達の多くは、原爆の十字架を背負い続けている。

今日の探索地のひとつ、長崎原爆病院は原爆の十字架を背負った長崎市民の心を支え続けてきた。
しかし、今、病院統合の話が進み始めている。

少しマジな話になってしまったが、
鎖国時代の唯一の文明の窓であったのも長崎であるが 被爆地あるという事もまた長崎の一面である。
もし、長崎を訪ねてくれる日があれば、ぜひ原爆資料館とかも訪ねて欲しいと思う。

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